2009年5月3日日曜日

ベイベー!


ぼんやりテレビの画面をを眺めていたら、忌野清志郎氏死去のニュースが流れてきた。
ウトウトし掛けていたけど、このニュースで目が覚めた。
清志郎が喉頭がんを患ったとき、
『清志郎が死ぬわけないだろ。』
と僕は思っていた。
そして、思っていたとおり、清志郎は復活した。
でも、その後、がんの転移が見つかって再び入院したと聞いた時は、正直心配になった。
まさか清志郎が亡くなってしまうとは。。。
ショックだ。

僕が清志郎とRCを知ったのは中学生の頃だった。
あの当時、日本のロックはマイナーな存在で、その扱いは今のインディーズ並みかそれ以下だったと思う。
テレビで日本のロックバンド(ニューミュージックにカテゴライズされていたアーティストは除く)にお目に掛かることは滅多になかった。
そんな状況の中でも何故かRCサクセションの存在感は別格で、音楽好きの友人達と夢中になってRCのレコードを聴き、「雨上がりの夜空に」のギターリフをコピーした。

僕が一番好きなRCサクセションのアルバムは、文句なしに「Blue」だ。
一時期、ライブのオープニング曲にもなっていた「ロックン・ロール・ショー」から始まるこのアルバムは、これぞロック!と呼べる本物の日本のロックだと思う。
僕の中では、ダントツで日本のロックアルバムNo.1である。
たぶん、これを抜く日本のロックアルバムが出てくることはないと思う。
しかし、この「Blue」というアルバム、色々なところでレビューを読んでみると結構評判が悪い。
『音質が悪い』、『曲の数が少ない』、『RCらしくない』等々。。。
でも、それでいいのだ。このアルバムはそれで何の問題もない。
こういう言い方をしてしまうと実も蓋もないかもしれないが、「Blue」のリリース直後、アナログ盤をリアルタイムで聴いていれば絶対にそんなことは思わないはずだ。
しかも。。。
 ・音質がクリアではないのは、RC側の意図によるもの
 ・アルバム一枚に15曲も16曲も入っている現在の状況のほうが異常
 ・RCらしくないのではなく、前作とレコーディングの方法を変えただけ
という事実がある。
確かに、1曲4分というフォーマットの曲が8曲しか入っていないアルバムというのは、物足りなさを感じるかもしれない。
その点については、「サウンドストリート」にゲストとして出演した際、渋谷陽一氏にもツッこまれていた。
(その際、清志郎は『次に期待ということで。。。』みたいな回答をしていた。)
でも、たった8曲だけど、捨て曲はひとつもない。
「Johnny Blue」、「多摩蘭坂」、「よそ者」、すべて名曲である。
僕は今でも携帯に入れて、頻繁にこのアルバムを聴いている。
こんな素晴らしいアルバムにリアルタイムで出会えたことに、僕は感謝している。



その後、清志郎(&チャボ)と坂本龍一のユニットによる「い・け・な・いルージュマジック」の大ヒットによって、RCサクセションのメディアへの露出は増えていった。
その後にリリースしたシングル「Summer Tour」、アルバム「BEAT POPS」もヒットした。
RCと清志郎は、そのまま普通にロックの王道を歩んでいくはず。。。と僕は思っていた。
が、そうではなかった。
清志郎は、そんな簡単な男ではなかった。
そこからの清志郎は、これまでの成功などまったく意に介さないと言わんばかりに戦い始めた。

発禁になりかけた「COVERS」、「冬の十字架」(君が代)の件、タイマーズの件(YOUTUBEで視聴可能)等々、そこまでやらなくても。。。と見ているほうが冷や汗をかくようなことをやってくれた。
本気で音楽で何かを変えようとしていたのだと思う。
そんな清志郎の生き方は、カッコ良いとしか言いようがない。
僕にはあんな生き方はできないけれど、清志郎を見るたびに彼のような筋の通った生き方をしたいと思った。
あんなミュージシャンはもう二度と現れることはないだろう。
本当に惜しい人を早くに亡くしてしまった。

今日の記事は、「多摩蘭坂」を聴きながら書いた。
清志郎の冥福を祈りながら。。。
たくさんの素晴らしい作品を遺してくれた清志郎には、心から感謝している。



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